さて。
本日は予告通り、『スーパーマリオカート』の続きです。
とは言え、昨日あらかた書き記してしまったので
本日のメインはゲーム内容の方に重点を絞っていきたいと思います。

あのマリオたちが繰り広げるレースゲーム!
しかもただのレースゲームには終わらない。
アイテムをうまく活用してパワーアップしたり、敵をやっつけたりと
とてもバラエティーにとんだ内容だったのです。
しかも、マリオシリーズの人気キャラクターが出ているとあれば
子供たちが飛びつくのも無理のない話しだったのです。
勿論、飛びついた中には私も含まれています。
そして極め付けが、当時ちびっ子達の間で人気があったテレビ番組
『スーパーマリオクラブ』
の存在もこのマリカーブームに火をつけることになったのです。
特にゲームバラエティー番組であったこの番組内で
マリカーのタイムアタックが子供たちの心を魅了しました。
最速タイムを目指すというだけのものでしたが
挑戦者を一般から募集していた事が大きかったと言えます。
テレビの中で度肝を抜くプレイを見せる同年代の子供たちに憧れる一方で
自身をそれに重ね合わせて見る事で一種の連帯感も生まれていたのかもしれません。
また私も、アイテムをうまい具合に使う方法や
ロッケトスタートダッシュの活用などはこれを見て覚えました。
挑戦していたコースは、キノコカップの1コース目に当たるところだったと思うのですが
58秒、56秒という1分を切るプレイで、私も必至に練習した記憶があります。
当時はこの番組の影響もあってか
クラスの話題も、タイムがどれだけ出せたかなどの話で盛り上がっていました。
それにしても、ちびっ子達のゲームの執着心は恐ろしいものがあります。
ホント、タイムを競い合うその姿は、純粋に見なければ、ただのスピード狂ですからね。
尚、レース以外では対戦が出来るバトルモードがあります。
私の場合は、実の所こちらの方がはまっていました。
如何に相手のマシーンについている風船を早く割るかを競う内容なんですが
このバトルが白熱してくると、マジで喧嘩になったりして
ゲームどころでは無かったですね。
まぁ要約すると、スピードを追い求めたり、相手を蹴落としたり
実に楽しい出来となっておると言うわけです。
うむ……。
キャラクターで誤魔化されているけど、実は凄いゲームなのかもね。

スーパーマリオカート
posted with カエレバ
『スーパーマリオカート』評価:☆☆☆☆☆
発売・任天堂
ジャンル・レース
発売日・1992年8月27日
定価・8,600
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「アイルトン・セナ スーパーモナコGP2」は「スーパーマリオカート」との大きな違いがある。
アイテムが使用できない。
そもそも本格的なF1レースゲームであるため、妨害系及び攻撃系のアイテムは一切使用不可能。その為、プレイヤーによる操作テクニックが勝負の鍵となる。
VSモードやバトルモードが無い。
これもスーパーモナコGPの1つ。マリカとは違って対戦プレイなんて物はないのだ!
クラッシュすると一発で即リタイヤ。
マリオカートなら攻撃やトラップを受けるも大丈夫だが、スーパーモナコGPはそうはいかない、カーブにある障害物やトンネルの壁に追突するF1マシンは即大破して、一発でリタイヤ扱いにされてしまう為、ここがキツイ。
つまり、スーパーモナコGPは中級者〜プロ級の作品と言いたい所かな…。
マリカーがみんなでワイワイするゲームなら、スーパーモナコGPは一人でストイックに走りを追い求める漢のゲームと言えましょうね。
ただあの当時は、マリカーの人気が凄すぎました。
私が本格的なレースゲームをやるにはもうちょっと時を置く必要がありましたよ。
腕の方は、アレですけどw
実はこのSFCはカセットだけに留まらず、CD-ROMにも対応する予定なのだ! この1990年代前半は「ゲームもいつかは光ディスクが主力に時代となる」、正に夢がある時代だったのだ。もちろんSFCのCD-ROMドライブを開発を担当するのが任天堂の協力となる2つの電機メーカー、「SONY」と「フィリップス」。そしてこのSFCのCD-ROMドライブのコードネームは知る人ぞ知る「プレイステーション」。な、何とプレステはスーパーファミコンの周辺機器にしか過ぎなかった!?今ではこんなプロジェクトは考えられない任天堂、SONY、フィリップスの大連立。NECに浮気したシャープとは違い、SONYやフィリップスは何時でも任天堂の味方である。しかしこのSFCのCD-ROMドライブのプロジェクトは上手く行かず、結果的には…、このプロジェクトは白紙。それを聞いたSONY、フィリップス、スーファミの情報を取り扱うゲーム雑誌は総ずっこけ。結局、SFCのCD-ROMドライブは発売されずじまいに終わってしまいました。しかしこの時、SONYが任天堂に復讐をしてやるなんて誰もがそう思っていたのだろうか…。もしこのプロジェクトが上手く進めば、任天堂は32bit戦争でも1位の座を確保しており、セガやNECはゲーム機戦争から離脱せず、ずっと参戦していたのでは…。
SFCの周辺機器でプレステが付けば、その後はどうなっていたかは分からないですよね。
まさに、運命の分かれ道だったのではないかと思います。
オープニングが実写のヤツですね。
まあ、マリカーやF-ZEROはリアル路線じゃないので、比べるのはちと酷かも。
ただ、あの当時としては、本格路線を突き進んでいたこの手のゲームはまた貴重な存在でしょうね。
どんな顔をした事でしょうねw
日本未発売のゲームですか。
完成度が高いのに移植されなかったのには、何かしらかの理由がありそうですね。